ユーフォニアムのベル打音|調律の前後で、音はどう変わった?
管楽器調律の作業では、楽器をコツコツと叩き、その音を聞きながら調整しています。普段は耳で聞き分けているこの変化を、今回は録音して、図や数値でも比べてみました。
使ったのはユーフォニアムのベルです。まずは、施工前と施工後の音を聞いてみてください。
聞き比べると、どう変わって聞こえる?
施工前
施工後
あえて科学的な言い方をせずに表現すると、施工後は少し音が低くなったように聞こえるのではないでしょうか。では、この違いは図にするとどう見えるのか。次は録音した音の中身を見ていきます。
図を見ると、音の成分の違いがわかります
上段の青い線は、音の振れの大きさを示す「波形」です。下段は「スペクトログラム」で、どの高さの成分が強く出ているかを色で表しています。横方向が時間、縦方向が音の高さに関わる周波数です。


施工後の図では、下段の1,000 Hz付近に黄色から橙色の帯が目立ちます。上段も、最も大きな振れは揃えていますが、その後に続く波形の形は同じではありません。
特に変わっていた範囲
画像だけでは差の大きさがわかりにくいので、ソフトから数値を書き出して集計しました。録音した音の中で、各周波数の範囲がどれだけの割合を占めているかを比べると、次のようになりました。
| 周波数の範囲 | 施工前 | 施工後 |
|---|---|---|
| 1,000〜2,000 Hz | 約21% | 約48% |
| 5,000〜10,000 Hz | 約45% | 約18% |
今回の録音では、施工後は1,000〜2,000 Hzの割合が増え、5,000〜10,000 Hzの割合が減っていました。音の中で目立つ成分の配分が変わっているわけです。「少し低く聞こえる」という印象を考える手がかりにもなります。
この表は、分析した成分の振幅を二乗して集計した割合です。詳しい数値と計算方法は、下の補足に残しています。
叩いた音は、調整の手がかりです
管楽器調律では、こうした音を聞き分けながら、楽器全体のバランスを整えています。同じメーカー・モデルでも状態は一本一本違いますので、すべてに同じ処理をすればよいわけではありません。
仕上がりは、実際に吹いた時の音と吹き心地も確認して判断します。今回の打音の比較だけで「この成分が増えたから吹きやすくなった」と結びつけることはできません。耳で聞いている変化の一部を、録音と図で共有したものと捉えていただければと思います。
どう録音して比べたのか
iPhone 16 Proで、音量の自動調節がかからないモードを使い、施工前後それぞれ10回ずつ録音しました。その中から、波形の最大振幅を見て最も平均的な強さと判断した1回ずつを選んでいます。
選んだ2つの音は、RX12で最大振幅を−3 dBFSに揃えました。これは音全体を一定の倍率で上げ下げして、波形の一番大きな振れを揃える処理です。成分の分析にはSonic Visualiserを使っています。
爪で叩いた簡易的な実験ですので、叩く強さや楽器の支え方、録音環境の影響は残ります。今回は前後それぞれ1回の比較であり、10回分を平均した結果ではありません。次は叩き方と録音位置を揃え、10回すべてを比べることで、どの程度同じ変化が出るのかも確かめたいと考えています。
詳しい数値と測定条件
測定条件・周波数ごとの数値を見る
ここからは、数値や分析条件を詳しく確認したい方向けの記録です。本文の表は見やすいように丸めていますが、以下はこれまでの集計値を残しています。
測定と分析の設定
録音:iPhone 16 Pro/音量の自動調節なし。施工前後各10回から1回ずつ選択。
音声処理:RX12でピークを−3 dBFSにノーマライズ。
音源:44.1 kHz、モノラル、24 bit。掲載音源のピークは前後とも−3 dBFS。
分析:Sonic Visualiser。窓長2048サンプル、重なり75%、周波数軸は対数、色の尺度はdB、表示正規化はNone。波形の自動正規化もオフ。
掲載しているのは打音直後の約0.19秒です。分析窓の長さは約46.4ミリ秒、分析する位置の間隔は約11.6ミリ秒、周波数の刻みは約21.5 Hzになります。前後とも17か所の時刻と、0〜22,050 Hzの1025点に分けて比較しています。17か所というのは、1回の音を時間で区切って見たものです。17回の実験という意味ではありません。
窓関数と表示ゲインは画像から確認できず、楽器のメーカー・モデル、支持方法、録音位置・アプリの設定も元の記録には揃っていません。再現実験では、このあたりを記録しておく必要があります。
周波数ごとに、一番強く出たところを比較
各範囲の中で、全17か所の分析時刻から最大値を探しています。最大になる時刻は施工前後で違って構いませんが、探す時間の範囲は同じにしています。
| 帯域 Hz | 施工前の最大値 | 周波数Hz/時刻ms | 施工後の最大値 | 周波数Hz/時刻ms | 施工後/施工前 | 振幅比換算 dB |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 193–237 | 0.0135014 | 193.8/58.0 | 0.027609 | 215.3/34.8 | 2.045 | +6.21 |
| 550–590 | 0.0182168 | 559.9/23.2 | 0.0127325 | 559.9/11.6 | 0.699 | −3.11 |
| 1000–1060 | 0.0128523 | 1055.1/46.4 | 0.0584625 | 1055.1/23.2 | 4.549 | +13.16 |
| 1140–1190 | 0.0217761 | 1162.8/46.4 | 0.0472721 | 1141.3/46.4 | 2.171 | +6.73 |
| 1290–1340 | 0.00934476 | 1313.5/11.6 | 0.021128 | 1313.5/11.6 | 2.261 | +7.09 |
| 1610–1710 | 0.0225327 | 1658.1/11.6 | 0.0292834 | 1615.0/11.6 | 1.300 | +2.28 |
比は「施工後の最大値÷施工前の最大値」、dBへの換算は20 log10(比)です。1,000〜1,060 Hzでは約4.55倍、+13.16 dBでした。一方、550〜590 Hzでは約0.70倍、−3.11 dBです。すべての成分が同じように増えたわけではありません。
このdBは、分析した成分の振幅の比を表すものです。校正した音圧レベル(dB SPL)や、耳で感じる音量の比ではありません。範囲内の一番強い分析点を比べているため、その範囲の成分を全部足した量とも異なります。
全体の成分の配分
0 Hzを除く20 kHz以下の各振幅を二乗し、分析した全時刻で足し合わせています。各範囲の合計を、全体の合計で割ったものが下の割合です。
| 帯域 | 施工前 | 施工後 |
|---|---|---|
| 0超〜500 Hz | 8.04% | 9.28% |
| 500超〜1000 Hz | 5.90% | 7.93% |
| 1000超〜2000 Hz | 20.81% | 47.89% |
| 2000超〜5000 Hz | 8.20% | 9.41% |
| 5000超〜10000 Hz | 44.69% | 18.02% |
| 10000超〜20000 Hz | 12.37% | 7.47% |
この計算では、音全体を一律に大きくしたり小さくしたりしても割合は変わりません。ただし、物理的な放射エネルギーを測ったものではありません。同じ二乗振幅を使って分布の中心を求めると、施工前5,456 Hz、施工後3,239 Hzでした。これは成分の配分の中心で、楽器の音程や基音を示す数値ではありません。
比べる時間の範囲を変えた場合
短い音なので、ファイルの先頭や末尾の影響も気になります。そこで両端の2時刻ずつを除き、中央の13か所(約0.02322〜0.16254秒)でも計算しました。
| 帯域 Hz | 全17フレーム | 中央13フレーム |
|---|---|---|
| 193–237 | +6.21 dB | +6.21 dB |
| 550–590 | −3.11 dB | −6.54 dB |
| 1000–1060 | +13.16 dB | +13.16 dB |
| 1140–1190 | +6.73 dB | +6.73 dB |
| 1290–1340 | +7.09 dB | +10.59 dB |
| 1610–1710 | +2.28 dB | +1.59 dB |
6つの範囲で増減の方向は同じでしたが、差の大きさは変わるところがあります。中央13か所で集計した1〜2 kHzの割合は27.73%→54.04%、5〜10 kHzは37.64%→13.98%、分布の中心は4,259 Hz→2,546 Hzでした。低い側の成分に配分が寄る傾向は残っていますが、これも同じ2音源の中での確認です。
今回は代表として選んだ1回ずつの比較です。打撃力や接触時間を測っていないため、それらの影響を補正した解析はしていません。響きの減衰率やQ値、材料の硬度・組成・内部応力も測っていません。これらは、音の比較とは別に確かめる必要があります。
カーソル表示の記録と追加画像を見る
画像の色が強く出ている場所にカーソルを置き、画面の周波数・時間・dB表示を読み取った記録です。施工前3枚、施工後5枚ですが、同じ1回の音の違う場所を見ています。8回分の別の実験ではありません。
| 条件 | Bin Frequency(Hz) | Time(秒) | 表示dB |
|---|---|---|---|
| 施工前 | 559.863–581.396 | −0.005–0.040 | −35 |
| 施工前 | 1141.26–1184.33 | 0.017–0.063 | −35 |
| 施工前 | 1658.06–1701.12 | −0.017–0.040 | −41〜−33 |
| 施工後 | 193.799–236.865 | 0.005–0.052 | −38〜−31 |
| 施工後 | 1012.06–1055.13 | −0.005–0.040 | −32〜−26 |
| 施工後 | 1141.26–1184.33 | −0.005–0.040 | −33〜−30 |
| 施工後 | 1291.99–1335.06 | −0.005–0.040 | −34 |
| 施工後 | 1614.99–1679.59 | −0.005–0.040 | −44〜−31 |
カーソル表示には周波数や時間の幅があり、目で選んだ場所の値です。上の数値表は全分析時刻から最大値を探しているため、同じ値になるとは限りません。1,141〜1,184 Hz付近の表示では最大値の差が5 dBでしたが、CSVから求めた1,140〜1,190 Hzの最大値の差は+6.73 dBでした。
Timeに負の値があるのは、分析窓や表示範囲が音源の先頭より前に及ぶためです。「叩く前に音が出ている」という意味ではありません。画面のBin PitchやPhaseは、今回の前後比較の根拠には使っていません。








熱処理との違いについて
火を使うと聞くと、金属を高温に熱して硬さなどを変える「熱処理」を思い浮かべるかもしれません。管楽器調律では、楽器を高温に保つことを目的とせず、音を聞きながら火を当てる条件を変えて調整しています。
研究を始めた頃は、熱による効果なのではないか、金属だけに起こる変化なのではないかという推測がありました。そこで、熱処理炉で250℃、50分加熱したマウスピースと、管楽器調律で調整したマウスピースを比較しました。後者はサーモグラフィで測った表面温度が40℃程度で、私たちが吹いてみると、処理後の音の傾向にも違いを感じました。
ここに書いた温度や時間は、その比較実験での記録です。すべての楽器や施工に共通する条件ではありません。今回のベル打音の測定も、素材の硬さや組成がどうなったかを調べたものではないので、何が作用しているのかは引き続き研究したいところです。
研究に興味のある方へ
管楽器調律では、素材が持っている振動や音の成分を、耳で聞き分けながら調整しています。現場で起きている変化と、測定して見えてくるものがどうつながっているのか、一緒に研究していただける方を募集中です。
「叩き方を揃えたらどうなるか」「演奏した音とどんな関係があるか」など、まだ確かめたいことがあります。音響や振動、材料の研究に興味のある方は、ぜひお声掛けください。
